大動脈解離スタンフォードA型は、診断から治療開始までの一つひとつの判断が生死を分ける疾患です。術前の血圧管理、手術適応の判断、術後ICUでの観察ポイント―断片的には知っていても、「全体像」として整理できているでしょうか。本記事では、最新ガイドラインとエビデンスを基に、スタンフォードA型大動脈解離の治療・薬剤管理・看護の要点をまとめて解説します。
大動脈解離スタンフォードAとは何か
スタンフォード分類とDeBakey分類の違い
大動脈解離の分類には主にスタンフォード分類とDeBakey分類があります。臨床現場で即座に治療方針を決めるうえで有用なのがスタンフォード分類です。スタンフォードA型は「上行大動脈を含む解離」、B型は「含まない解離」と定義されています。これは、上行大動脈病変が心タンポナーデ・大動脈弁閉鎖不全・冠動脈虚血を引き起こすリスクが極めて高いためです。例えるなら、スタンフォード分類は「どこが壊れたか」ではなく「今すぐ止血手術が必要かどうか」を判断するための役割を果たしています。
病態生理:なぜ急激に致死的になるのか
スタンフォードA型では、内膜裂孔から血液が中膜に流入し、偽腔が急速に拡大します。この結果、心嚢内への破裂による心タンポナーデ、冠動脈入口部の閉塞による急性心筋虚血、大動脈弁輪の拡張による急性ARなど、数分〜数時間単位で致死的イベントが連鎖的に発生します。したがって、診断=治療開始であり、「様子を見る」という選択肢は基本的に存在しません。
スタンフォードA型の治療戦略:なぜ緊急手術が原則か
外科的治療が第一選択となる根拠
スタンフォードA型大動脈解離では、緊急外科手術が国際的ガイドラインで強く推奨されています。内科的治療のみの場合、48時間以内死亡率は50%以上と報告されており、これは外科治療群と比較して明らかに不良です。手術では上行大動脈置換を基本とし、病変範囲に応じて弓部置換やBentall手術が選択されます。近年は脳保護戦略(選択的脳灌流)や人工血管の進歩により、周術期死亡率は10%前後まで改善しています。
例外的に内科治療が選択されるケース
全例が手術適応というわけではなく、超高齢・重度認知症・末期悪性腫瘍合併など、侵襲に耐えられないと判断される場合には内科的治療が選択されることもあリマス。ただしこれは「治療」ではなく「延命・緩和」の側面が強く、医療者に求められるのは、手術リスクと自然経過の致死率を天秤にかけ、家族に現実的な予後を説明する能力とその中での最大限のサポートをしていく能力です。
術前管理の要点:時間との戦いで何を優先するか
血圧・心拍管理の即時介入
術前管理の最大目標は「解離進展の抑制」であり、そのために収縮期血圧100–120mmHg、心拍数60回/分未満を目指します。第一選択はβ遮断薬(エスモロール、ランジオロール)で、心拍抑制を先行させることが重要です。血管拡張薬を先に使うと反射性頻脈により剪断応力が増加し、かえって解離を悪化させる可能性があるため、この順番は、現場で意外と見落とされやすい「知っているだけで差がつく」ポイントである。
鎮痛・鎮静の重要性
疼痛は交感神経を亢進させ、血圧・心拍を上昇させるため、モルヒネなどによる十分な鎮痛は治療そのものとも言えます。患者が「痛みを我慢している状態」は、解離を進行させている可能性があることを念頭に置いておきましょう。
術後管理の実際:合併症を防ぐ集中治療
循環管理と出血・心タンポナーデの監視
術後は出血、心タンポナーデ、低心拍出症候群(LCOS)に注意が必要です。ドレーン排液量の急増、血圧低下、CVP上昇の組み合わせは要注意サインであり、ベッドサイドでの迅速な気づきが再開胸を左右します。ICUでは「数字」だけでなく「トレンド」を読む力が重要です。
神経合併症と腎障害への対応
脳梗塞、せん妄、急性腎障害(AKI)は頻度の高い合併症です。特にAKIは予後に直結するため、早期からの尿量評価と腎血流維持が重要である。これは「腎臓は沈黙の臓器」という言葉通り、異変に気づいた時にはすでに進行していることが多いためです。
薬剤管理のエビデンス:血圧・心拍・疼痛の最適化
β遮断薬・降圧薬の使い分け
β遮断薬は術前後を通じて中心的役割を果たします。術後はニカルジピンなどのCa拮抗薬を併用し、急激な血圧変動を避けることが重要です。ACE阻害薬やARBは循環動態が安定してから導入することが一般的です。これは、修復直後の血管に過度な負荷をかけないためです。
抗凝固・抗血小板療法の考え方
人工血管置換後は原則として強力な抗凝固は不要です、合併症(心房細動、弁置換)に応じて個別判断が必要である。「全例同じ」ではなく「病態別に考える」姿勢が求められます。
看護の視点で押さえるべきポイント
急変予測とフィジカルアセスメント
看護師は最も長く患者を観察する職種であり、微細な変化に気づける立場にあります。疼痛の再燃、血圧低下、尿量減少などのトレンドは、医師にとっても重要な情報源です。
家族対応と意思決定支援
スタンフォードA型は突然発症し、患者や家族は短時間で重大な決断を迫られます。医学的説明だけでなく、感情などの精神面への配慮と反復説明が不可欠です。これは治療・看護の質を左右する、専門性の高いケアです。
Q&A(3つ)
Q1. 術前に画像検査はどこまで必要ですか?
A. 原則は造影CTで十分です。時間を要する追加検査よりも、手術開始を優先します。
Q2. 術後の血圧目標は?
A. 多くの施設で収縮期血圧110–130mmHg程度を目標としますが、出血や臓器灌流を見ながら調整します。
Q3. 看護で重要な観察ポイントは?
A. 疼痛、意識レベル、尿量、ドレーン排液量、バイタルサインの「変化」です。
まとめ
スタンフォードA型大動脈解離は、診断された時点で生命のカウントダウンが始まっていると言っても過言でない疾患です。治療の原則は緊急外科手術であり、術前・術後管理の質が予後を大きく左右します。術前には血圧・心拍・疼痛の迅速なコントロールが解離進展を防ぐ鍵となり、術後は循環・神経・腎機能を中心とした集中管理が求められます。薬剤管理ではβ遮断薬を軸に病態生理に基づいた選択が重要であり、看護師は急変予測と家族支援という極めて専門的な役割を担います。スタンフォードA型の管理は「誰か一人が頑張る医療」ではなく、「多職種が同じ目標で動く医療」です。その目標を的確かつタイムリーに共有することが質の高い医療に直結します。
出典・参考文献
日本循環器学会:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2020年改訂版)
ESC Guidelines on the diagnosis and treatment of aortic diseases (2014, 2022 update)
Hiratzka LF, et al. 2010 ACCF/AHA Guideline for the Diagnosis and Management of Thoracic Aortic Disease
UpToDate®: Management of acute aortic dissection
Erbel R, et al. Diagnosis and management of aortic dissection. Eur Heart J.


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